四国村にある12の民家は、江戸時代から大正時代にかけてのもので、貴重な文化財にも指定されています。

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村内には江戸時代から大正時代の民家が12棟移築復原されており、室内には当時使用されていた農具が多数展示されています。四国各地から移築復原されたこれらの建物は、国や県などの指定文化財となっています。
掲載の写真のほかにも、約1万点の民具が四国村に保存されています。

村内紹介 民家・民具

民家

旧山下家住宅
県指定文化財

旧山下家住宅

寄棟造り茅葺、平屋建て。江戸時代における東讃岐の一般農家の典型であり、俗に「周囲(ぐるり)八間」と呼ばれた農家です。
家の半分は農作業用の土間にとられ、残り半分の床部分に「おくどさん(かまど)」がついており、そこで親子兄弟が肩をよせあって暮らしていました。

旧河野家住宅
国指定文化財

旧河野家住宅

この民家は、愛媛県の南、小田町の深い谷筋の奥まった急斜面に建っていました。
部屋の床はすべて竹を敷き、各部屋に「いろり」が切られ、寒い山間の住まいの特徴を示しています。土間には、和紙の原料にするコウゾを蒸す釜があります。

旧下木家住宅
国指定文化財

旧下木家住宅

冬の間は雪で閉ざされる剣山麓の、標高1000mのところにあった民家。安永10年(1781年)の建物で、寄棟造り茅葺、間口七間、奥行四間で「本三六」の家と呼ばれます。間取りは、オモテ、ナイショ、ニワの三間に分かれています。

久米通賢先生旧宅
登録文化財

久米通賢先生旧宅

江戸時代、香川県の塩の生産量は全国の半分近くを占めていました。その製塩の基盤をつくったのが久米通賢です。安永9年(1780年)、東讃岐の引田町馬宿に生まれた久米通賢は平賀源内とともに、讃岐を代表する江戸時代の科学者です。
測量術にすぐれ、軍船、大砲、撃発式鉄砲、ピストルから、扇風機までをも発明しました。
この主屋は、平屋建て寄棟造り茅葺。解体に当たって天井裏から、測量器具、大砲の鋳型の原形などが発見されました。

旧中石家住宅
市指定文化財

旧中石家住宅

平家の落人村として有名な祖谷の民家。主屋、隠居屋、納屋が一列に並んで建ち並ぶ様子は、傾斜が急な祖谷地方の特徴を表しており、18世紀後半の建築とみられます。寒い祖谷らしく部屋には「いろり」があります。

旧吉野家住宅(漁師の家)
市指定文化財

旧吉野家住宅(漁師の家)

徳島県の太平洋に面した断崖の下、海部郡由岐町伊座利にあった「漁師の家」。切妻造り平屋建て本瓦葺きの家で、強風を防ぐ役目をしている周囲の石垣を伴っているのは、この地区の漁家の特徴です。
昔、鰤の大敷網の漁場であったこのあたりに、よそから網元が進出して大漁が続いていました。それを見た地元の漁師が、借金をして大網を張ったところ、不運にもその年から不漁続きで大損をし、多額の借金が残ってしまったのです。他の地区では住居の改築をしたのに、ここだけは建替えができず貴重な文化財となっています。

民具

仕込み桶

仕込み桶

大きな仕込み桶の中に、醤油麹と汲水(塩水)を入れ攪拌(かくはん)させてから1年以上の時を経て熟成もろみが作られます。熟練した桶職人の手によるもので、酒造りに用いられた仕込み桶を再利用しているものもあります。

藁編み機

藁編み機

藁縄を作ることは、農家の副業として重要な仕事でした。手で「なう(藁を編むこと)」作業が後に機械化され、藁編み機が作られました。機械は手で回すハンドルタイプのものや、ペダルを踏むものなどが普及しました。

ストーブ

ストーブ

明治から大正期にかけて外国製のストーブが輸入され、それらを鋳物や鉄製で模したものが多く出回るようになり、日本でもストーブが普及していきました。