四国村では茶堂や歌舞伎舞台などの、人と人とが交流を深めた場所をご覧いただけます。

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現在ではほとんど見ることの出来なくなった、「農村歌舞伎舞台」や「茶堂」などの人と人をつないだ建造物が5棟移築復原されています。

村内紹介 村の共同施設

共同施設

農村歌舞伎舞台
市指定文化財

農村歌舞伎舞台

この舞台では小豆島の地元の人々自身が役者となり、歌舞伎芝居を演じました。茅葺平屋建てで、廻り舞台、楽屋、チョボ(義太夫)の床、お囃し座がついています。
建造年代は、落書きの内容から、江戸時代末期のものと推定されます。

茶堂「遊庵」
市指定文化財

茶堂「遊庵」

四国の古い街道沿いには、こうしたお堂があちこち建っていました。初めは村の入り口に悪霊払いの意味で建てられ、後に街道を行く人の接待の場として、また四国遍路の休み場として利用されるようになります。このお堂は土佐から伊予へ越す龍王街道と呼ばれる道にありました。五寸角の栗材の柱の状態や落書きなどから、18世紀後半のものと推測されます。石仏(地蔵菩薩)は流政之氏の作品で、瀬戸内寂聴尼によって開眼され、お堂は「遊庵」と命名されました。

丸亀藩斥候番所
県指定文化財

旧丸亀藩斥候番所

この建物は、香川県と愛媛県の境の三豊郡箕浦に建っていました。北側が海、南側が山という地形の箕浦には、藩政時代、2つの番所がありましたが、海側の警備にあたっていた方は残っておらず、地元民が詰めていたこの番所だけが残っています。
寄棟造りで、鬼瓦や軒丸瓦に京極藩の家紋がみられ、このような番所が残っているのは全国的にも珍しいものです。表に建てられた標柱にも趣が感じられます。

丸亀藩御用蔵
県指定文化財

旧丸亀藩御用蔵

この建物は、もともと京極藩御用の米蔵でした。墨書や、米俵の数取りに使った「玉」等の落書きなどから、江戸後期の建築であると推定されます。
米蔵は、2段の布石の上に建ち、屋根は切妻造り本瓦葺です。高い海鼠壁や、正面にある4つの戸口、その廂と2つの格子窓は単調な壁面に快い変化を与えており、力強さの中に美しい構成を合わせもった米蔵です。
現在は資料館として使用しています。