四国村には近代燈台建築や、燈台守の住宅である退息所が移築復原されています。

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映画「喜びも悲しみも幾歳月」(木下恵介監督)では、当時の燈台守の暮らしが描かれました。四国村には3棟の退息所(燈台守の住宅)と燈台が移築されています。

村内紹介 燈台

燈台

旧大久野燈台

旧大久野島燈台

大久野島燈台は三原瀬戸航路の要所を照らす燈台として明治27年5月に点灯されました。
燈台は基礎が3.8mの円形で高さ5.1m直径3.1m。灯塔部は花崗岩の切石積になっており、その上に乗る塔器は鋳鉄(ちゅうてつ)製で高さ2.4メートルにもなります。

旧江埼燈台退息所
登録文化財

旧江埼燈台退息所

江埼燈台は瀬戸内の難所といわれる明石海峡を望む、淡路島の北端にあります。英国の技師 R・H・ブラントンの設計により、明治4年(1871)に点燈した、わが国8番目の洋式燈台です。
退息所は石造で、壁体は奥行60cm程の切石を積み、木造トラスで桟瓦葺の屋根を支えた重厚な建物です。平成7年(1995)1月の阪神・淡路大震災により、石造の壁に大きな亀裂が入り、屋根瓦が落下するなど壊滅的な被害を蒙りました。当四国村はこの建物を移築し、復原保存する措置をとりました。
この退息所は本格的な石造建築であり、建築当初の木造トラスを残すなど、洋式燈台の黎明期の貴重な建物です。

旧鍋島燈台退息所
登録文化財

旧鍋島燈台退息所

鍋島灯台は坂出市の沖合い、鍋島にあります。江埼燈台と同じく英国の技師R・H・ブラントンが設計した洋式燈台で、初点灯は明治5年(1872)です。
職員宿舎の退息所は翌6年2月に竣工し、昭和30年(1955)頃まで本来の宿舎として使用されましたが、その後は海上保安本部の通信施設となっていました。
建物は石造で、正面に円柱6本を建てて吹きはなしとし、壁は奥行60cm程の切り石を積み、桟瓦葺の屋根の重厚な建物です。
間取りは中廊下式で、暖炉のある部屋、畳敷きの部屋などがあります。また、外側に浴室や便所などが張り出しており、付属の物置も同様の石造となっています。
この退息所は、本格的な石造建築で、正面に円柱列を建てるなど、洋式燈台の黎明期の貴重な建物となっています。

旧クダコ島燈台退息所
登録文化財

旧クダコ島燈台退息所

クダコ島燈台は愛媛県松山市の沖、クダコ水道にあります。明治35年(1902)7月に着工、翌年3月に竣工、初点燈しました。燈台の無人化にともなって、この退息所は不要になったため、当四国村に移築復原されました。
この建物はレンガ造で、外壁がモルタル仕上げ、屋根は桟瓦葺です。
内部は左右二つに分け、二家族用にし、押入付き和風の部屋が配してあり、かまどもあります。また、付属する物置も退息所と同じ構造です。
この退息所は明治後期の建築で、部屋も和風の要素が強くなっています。洋式燈台初期のものとは幾つかの点で異なり、わが国の燈台建築の変遷を知るうえで貴重な資料となっています。